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卒業制作展で思うこと

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この時期の、この展覧会に付き合うようになって、もう20年以上になる。
最近の傾向は、尖った作品がないこと。
とんがった作品とは、荒削りではあるが、情熱や感情を剥き出しにして力強く
社会に対してもの申すような反骨精神、パンク・ロックのごとき衝動の表現である。

そういうのは、ない。全くない。

考えてみると、若者の中に、ツッパリもパンクも存在しないし
当たり前だといえばそうである。
街中にメンチきってるヤンキーは存在しないし、
「メンチ」も「ヤンキー」ももはや死語である。
若者はグレていないのか?おとなに反発していないのか?
いや、ネットの中には卑下中傷の言葉が溢れ、すぐに「死ね」とかいう。

芸術は、創造的、創作の場であるから、かなりポジティブであるといえるが
作品のコメントを聞くと、ちゃんと
「ここがおかしいと思って」と、社会批判的な理由から作品化しているものも
少なからずいる。
だがそれが表面化することはなく、柔らかい殻でコーティングされて
巧みで技巧的で、真面目でおとなしく表現されているように思う。
つまり、メーターが振り切っていないのである。
感情も、情熱も、大きさも、なにもかも大声ではなく、囁いているかのようだ。
だから、流行りはtwitterなのかな?

いつだって驚異なのは若者のエネルギーである。
歳をとるとこれに期待して、憧れるものだ。
そういう作品を前にすると、一瞬たじろぐし焦る、負けそうになるもの
そんなのが何処にも見あたらない最近は、やっぱり寂しい。

ところで、そんな最近を創っているのは誰だ?というと
紛れもなくおとな、つまり俺達だ。
大学でよく耳にする傾向として、学生を指して「生徒」という教員だ。
もはやこれは当たり前のようになってきている。
教員が学生を「生徒」にしている。そのうち「児童」とかいう人も出てくるのか?
さすがにそれはなくても、「お客さま」とか「神様」とか、、、
あるかも知れない。かも知れない。

やばいよ。
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by red-globe | 2011-02-19 22:27 | 作品

森の来訪者

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分校はすっぽりと雪に身を埋めていた。
まだ開校していた頃は、どんな声が響いていたのだろう?

そんな校舎に森からの来訪者発見
杉板の壁は生木より加工も楽で、中は空洞
きっと居心地がいいんだろう。
兄弟か家族で通学中なのか、穴の数が多い。

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by red-globe | 2011-02-17 21:53 | 情景

その豪雪、とは?

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夏を知るものにとって、この画像は別世界である。
豪雪を知らないものにとっては、スケールが合わない。
如何ほどのものなのか?

ならば
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人の小ささで雪の壁の高さが何となく解るだろう。
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by red-globe | 2011-02-16 20:42 | 情景

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酒豪、豪快、豪傑、
豪ははなはだしいこと。

今回の体験は豪雪
厚い分厚い、折り重なる雪の壁
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by red-globe | 2011-02-15 22:49 | 情景

制作展、京芸の

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京芸の制作展を観てきた。
京都には芸術系大学がいくつかあるが、それぞれの大学によって特徴がある。
同じ世代の学生なのに、同じ世代の若者なのに、教員だって、教育方針だって
あまり大差はないと思うのに、ずっと以前から傾向が違う。
その特徴を一言で云うのは、とても難しいのだが、、

京芸には、マンガ色がない。全くではないにしてもほぼ感じられない。
そういえば、彫刻には塑像もなかったような。

入り口のところで、学生時代からの友人に出会った。
京芸で教員をしている、ひさしぶりに会った。
で、何をしているのかと思えば、署名集め。
京芸の公立大学法人化を行わず、京都市の責任で発展させてください、、との主旨。
噂には聞いていたが、教員が署名活動をするとは
何処の大学も厳しい。

京都を元気にするには、大学は不可欠
そして、これはひとつの大学だけの問題ではなく
どこか共通の問題だと思うのだが、いかがなものだろう。
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by red-globe | 2011-02-10 18:03 | 心境